信長の野望「革新」プレイ日記【2】
【藤堂戦乱記】 (信長の野望・革新 プレイ日記 vol 2)
〜せまりくる長政〜
前回からの続き
観音寺城を手中に収め、しばらくは内政の整備をしていたところ、唯一の同盟国である、「長尾家(後の上杉謙信)」から、技術「草鞋」を教えてほしいと要請がありました。

条件として、金銭9846を要求したところ、あっさりと承諾していただきました。
これでしばらくは金に困らなさそうです。
この金を利用し、さっそく山城の南にある位置に支城を築きました。

これで、筒井・三好に睨みをきかせられます。
観音寺城の内政も整い、新たな領地を獲得するため、軍議が開かれました。
北近江にある「小谷城」の領地も琵琶湖に面しているため、一番欲しいのですが、「浅井長政」が領主であり、さらに浅井家は美濃の「斉藤」、越前の「朝倉」と同盟を組んでいるのです。
これはかなりやっかいで、無理な力攻めで小谷城を攻めようものなら、北は朝倉、南は斉藤から、挟み打ちに合うおそれがあり、かなり危険です。
できるだけ兵士は無駄死にさせたくありませぬ。
次なる攻略候補に挙がったのが、筒井順慶が治める伊賀の「筒井城」
山城からすぐ南にいったところにあります。
しかしこれもやっかいで、筒井は三好と同盟を組んでおります。
さらに筒井家には、「島左近」や「前田慶次郎」、剣豪の「柳生宗厳」など豪傑がおります。
これも無理に力攻めをすると、西からは三好の援軍、さらに筒井城からこれらの豪傑達に打って出てこられたら、ひとたまりもありません。
兵法の基本は「弱いところから攻める」です。
そこでまず、山城から北西に位置する波多野家の領地、「八上城」を攻略することとなりました。
兵力も家臣もたいしたものではありません。
何より、波多野家は同盟国が無く、国人衆との協定も結んでいないのです。
室町御所にある程度の兵を残し、八上城に出陣いたしました。

国人衆の加勢もあり、八上城はあっさりと陥落。
しかし!
手薄になった室町御所を狙って、小谷城から浅井の軍勢が出撃してきたのです!

おのれ浅井長政!
八上城攻めに出ていた上様の部隊と私の部隊は、馬首を返し、室町御所へ急行。
しかし間に合いそうにありません。
これを迎撃するべく、室町御所、そして山城の支城から3部隊が出陣。

山城と近江の国境が戦場になりました。
野戦では、もろに兵力の数で勝敗の差が決まってきます。
お味方のほうが兵力は少なく、浅井の軍勢が優勢です!
このままでは室町御所まで攻め込まれてしまいます。
ここで上様は一計を投じました。
観音寺城にいる和田どのに、手薄になっている小谷城を突くようにと下知を出されました。

手薄の小谷城を攻められた浅井軍は、あわてて退却をし始めました!
この世で一番有利な戦(いくさ)とは、「追撃戦」です。
ここぞとばかりに浅井軍を追撃。

有利な立場で敵の兵力を減らせられるし、なにより、城へ戻ろうとする敵軍を少しでも足止めすることができます。
しかしここで一大事です。
浅井の同盟国である斉藤家が、今度は手薄になった観音寺城に攻めてきたのです!
おそらく浅井から助太刀を要請されたのでしょう。
さらに、朝倉の軍勢が小谷城を守りに出陣して来たのです!
おのれ浅井長政!
緊迫してまいりました。
小谷城を攻めていた和田隊は馬首を返し、斉藤の軍勢に向かいます。

それと同時に、浅井軍を追撃していたお味方の3部隊の内、1部隊は観音寺城へ、もう1部隊は室町御所付近で待機、残る1隊はそのまま浅井を追撃との命令を下されました。
観音寺城に到着した上様と私の部隊も、斉藤の迎撃に向かいました。

しかし、斉藤の軍勢は強く、劣勢を強いられております。
攻略したばかりの八上城からも兵を輸送し、観音寺城に向かわせます。

次々に来る輸送部隊を見て、さすがの斉藤軍も引き返していきました。
もともと浅井の要請で出陣してきただけで、城を獲りにきたのではなかったので、あっさりと退却していきました。
お互い無駄に兵力は消耗したくありませんからね。
これでとりあえずは一安心といったところでございます!
ちなみに浅井家も国人衆と協定を結んでいるため、国人衆はこたびの合戦には、どちらにも加勢しませんでした。
おのれ浅井長政!!
つづく
〜せまりくる長政〜
前回からの続き
観音寺城を手中に収め、しばらくは内政の整備をしていたところ、唯一の同盟国である、「長尾家(後の上杉謙信)」から、技術「草鞋」を教えてほしいと要請がありました。

条件として、金銭9846を要求したところ、あっさりと承諾していただきました。
これでしばらくは金に困らなさそうです。
この金を利用し、さっそく山城の南にある位置に支城を築きました。

これで、筒井・三好に睨みをきかせられます。
観音寺城の内政も整い、新たな領地を獲得するため、軍議が開かれました。
北近江にある「小谷城」の領地も琵琶湖に面しているため、一番欲しいのですが、「浅井長政」が領主であり、さらに浅井家は美濃の「斉藤」、越前の「朝倉」と同盟を組んでいるのです。
これはかなりやっかいで、無理な力攻めで小谷城を攻めようものなら、北は朝倉、南は斉藤から、挟み打ちに合うおそれがあり、かなり危険です。
できるだけ兵士は無駄死にさせたくありませぬ。
次なる攻略候補に挙がったのが、筒井順慶が治める伊賀の「筒井城」
山城からすぐ南にいったところにあります。
しかしこれもやっかいで、筒井は三好と同盟を組んでおります。
さらに筒井家には、「島左近」や「前田慶次郎」、剣豪の「柳生宗厳」など豪傑がおります。
これも無理に力攻めをすると、西からは三好の援軍、さらに筒井城からこれらの豪傑達に打って出てこられたら、ひとたまりもありません。
兵法の基本は「弱いところから攻める」です。
そこでまず、山城から北西に位置する波多野家の領地、「八上城」を攻略することとなりました。
兵力も家臣もたいしたものではありません。
何より、波多野家は同盟国が無く、国人衆との協定も結んでいないのです。
室町御所にある程度の兵を残し、八上城に出陣いたしました。

国人衆の加勢もあり、八上城はあっさりと陥落。
しかし!
手薄になった室町御所を狙って、小谷城から浅井の軍勢が出撃してきたのです!

おのれ浅井長政!
八上城攻めに出ていた上様の部隊と私の部隊は、馬首を返し、室町御所へ急行。
しかし間に合いそうにありません。
これを迎撃するべく、室町御所、そして山城の支城から3部隊が出陣。

山城と近江の国境が戦場になりました。
野戦では、もろに兵力の数で勝敗の差が決まってきます。
お味方のほうが兵力は少なく、浅井の軍勢が優勢です!
このままでは室町御所まで攻め込まれてしまいます。
ここで上様は一計を投じました。
観音寺城にいる和田どのに、手薄になっている小谷城を突くようにと下知を出されました。

手薄の小谷城を攻められた浅井軍は、あわてて退却をし始めました!
この世で一番有利な戦(いくさ)とは、「追撃戦」です。
ここぞとばかりに浅井軍を追撃。

有利な立場で敵の兵力を減らせられるし、なにより、城へ戻ろうとする敵軍を少しでも足止めすることができます。
しかしここで一大事です。
浅井の同盟国である斉藤家が、今度は手薄になった観音寺城に攻めてきたのです!
おそらく浅井から助太刀を要請されたのでしょう。
さらに、朝倉の軍勢が小谷城を守りに出陣して来たのです!
おのれ浅井長政!
緊迫してまいりました。
小谷城を攻めていた和田隊は馬首を返し、斉藤の軍勢に向かいます。

それと同時に、浅井軍を追撃していたお味方の3部隊の内、1部隊は観音寺城へ、もう1部隊は室町御所付近で待機、残る1隊はそのまま浅井を追撃との命令を下されました。
観音寺城に到着した上様と私の部隊も、斉藤の迎撃に向かいました。

しかし、斉藤の軍勢は強く、劣勢を強いられております。
攻略したばかりの八上城からも兵を輸送し、観音寺城に向かわせます。

次々に来る輸送部隊を見て、さすがの斉藤軍も引き返していきました。
もともと浅井の要請で出陣してきただけで、城を獲りにきたのではなかったので、あっさりと退却していきました。
お互い無駄に兵力は消耗したくありませんからね。
これでとりあえずは一安心といったところでございます!
ちなみに浅井家も国人衆と協定を結んでいるため、国人衆はこたびの合戦には、どちらにも加勢しませんでした。
おのれ浅井長政!!
つづく

